突然ですが、クイズです!
11月のお祭り、酉の日、熊手といえばなーんだ???


コメントに回答を書き込んでくれた方、先着・・・・

じゃなくてm(_ _)m



思いついたでしょうか?



そう!酉の市です。

縁起物の熊手を買い求める人で賑わう、あのお祭りです^ ^

熊手

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酉の市とは?

毎年11月の酉の日に開催される鷲神社(おおとりじんじゃ)の例祭で、酉の市(とりのいち)・酉の祭(とりのまち)・大酉祭(おおとりまつり)・お酉様(おとりさま)と呼ばれています。

商売繁盛・開運招福を願うお祭りで、江戸時代から続く年中行事です。


酉の市の由来

酉の市の始まりは、花又村(現在の足立区花畑)の大鷲神社の近隣農民が「鷲大明神」に感謝した収穫祭であるといわれています。

当時の祭りでは鷲大明神に生きた鶏を奉納しましたが、祭りが終わるとその鶏を浅草寺まで運び、観音堂前に放したのだそうです。

酉の市が江戸市中に広まると、武士だけでなく町民も参詣するようになります。

社前では、辻賭博(幕府ご禁制)が盛大に開催され賑わっていました。

ただ、その賑わいも安永年間に賭博禁止令が出されると衰退し、しだいに浅草へと移っていきました。

浅草長國寺の酉の市は、その東隣に新吉原が控えていたことも手伝って盛況を誇ります。

明和8年(1771年)頃に鷲大明神(鷲妙見大菩薩)が浅草長國寺に移され祀られると、浅草は最も有名な酉の町として知られるようになり、現在に至ります。


三の酉がある年には火事が多いと言われるのはなぜ?

酉の市は11月の酉の日に開かれます。

酉の日は12日に1度巡ってきますから、30日間ある11月には、酉の日が2回ある年と3回ある年があり、最初の日から「一の酉」「二の酉」「三の酉」と呼ばれます。

古くから「三の酉がある年は、火事が多い」と言い伝えられていますが、その由縁は定かではありません。

実際に、火事が多いのか?というと、この時期に際立って火事が多いということも無いようです。


それでは、何故「三の酉がある年は、火事が多い」と、言われるようになったのでしょう?

その理由は、いくつかあります。

  1. 当時の江戸では、火事が大敵でした。
    三の酉の頃には寒さが増し、火を使う機会が増える事。
    また、空気が乾燥する時期であることから、火に対する戒めで言われるようになった。
  2. 酉の市に便乗して、吉原へ出かけようとする男達を足止めするために「三の酉には火事が多い。だから夜遊びはほどほどにしなよ。」と、女房達が広めた。
  3. 地方などで「宵に鳴かぬ鶏が鳴くと火事がでる」と言われたことから出た俗説である。


    言い伝えの根拠となった大火災!

    「三の酉がある年は火事が多い」の根拠となったと言われているのが、明暦(めいれき)の大火です。

    明暦3年(1657年)1月18日に起こったこの火災は、2日間にわたり江戸の大半を焼き尽くしたという大火災です。

    明暦の大火の被害状況は『武江年表』に

    『焼萬石以上の御屋敷五百餘宇、御旗本七百七十餘宇、但し組屋屋敷数をしらず、堂社三百五十餘宇、町屋四百町、片町八百町、焼死十萬七千四十六人といへり』

    という記載が残っています。

    焼死者の人数だけを見ても、とてつもない大火災だったことが解るかと思います。
    ※実際の文献を見てみたいという方はこちらへどうぞ^ ^ ⇒ 「武江年表 明暦三年酉年」

    そしてこの年は、たまたま三の酉まである年だったのです。

    この偶然の一致が基になり、火に対する戒めや慎みから「三の酉のある年には火事が多い」と言い伝えられるようになったと言われています。



    ≪参考≫
     酉の市(由来と歴史) / 浅草酉の市 浅草田圃酉の寺 鷲在山長國寺
     酉の市豆知識 / 浅草鷲神社
     三の酉の年は火災が多い? / 東京消防庁



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