古くから続く日本のお祭りは、
収穫
作物の収穫祭に基づくものが多いのですが、このお祭りは、他とは違っています。


大阪で行われる「神農祭」というお祭りをご存知ですか?

はい!というあなたは、このお祭りの由来などは、ご存知かと思います。


でも、神様の「神」に、農業の「農」だから、農業が絡んでいるんじゃないの?
というふうに考える方がいても、不思議ではありません。

が・・・

はっきり言って違います!


あれ?だったら何なの?でしょうか。

このような素朴な疑問は、さくっと解決していただきたいので、早速ですが、神農祭の由来からご覧ください ^ ^


sponserd Links


神農祭の由来

突然ですが、「コレラ」という伝染病は、ご存知でしょうか?

近年、この病名を耳にすることは無くなってきていますが、かつては、恐れられていた伝染病の1つです。

コレラが日本に入ったのは、1822(文政5)年のこと。
長崎を発端に、大阪まで広がり、多くの死者を出しました。

これが、日本で最初となるコレラの大流行で、大阪では、1日に3~400人の死者が出たといわれています。

コレラは、病にかかった人が、二三日でコロリと死ぬことから「三日コロリ」と、呼ばれていました。

また、虎や狼が一緒になって来るような恐ろしい病気ということで「虎狼痢(コロリ)という、当て字が生まれたほどです。


さて、この時代に、コレラの特効薬などは存在するはずもありません。

治療法も分からない中でありながら、道修町(どしょうまち)の薬種商が相談してを作り、お守りと共に授与しました。

その薬は「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」といい、虎の頭骨など10種類の和漢薬を配合した丸薬でした。
 ※虎の頭骨は「鬼を裂く」といわれ、疫病除けとされていました。

お守りは?というと、病名にも、薬にも「虎」の文字が当てられていたことから「張子の虎」が用いられました。

張子の虎は、少名彦(すくなひこな)神社の神前で祈祷した印として「薬」の文字を腹部に朱印し、五葉笹につるして授与されました。
※五葉笹=節のところから5枚の葉が出ている笹のこと


時は流れ、明治時代初期に「売薬取締規制」が制定されると、丸薬の配布は廃止されました。

ただ、張子の虎は「神虎の守り」といい、無病息災のお守りとして、現在まで、受け継がれています。




さて、ここまで読み進めていただいたのであれば、「神農祭の農は、農業の農ではない」というところは、ご理解いただけたのではないかと思います。

あら・・・もしかして、まだ「農」の文字への疑問は残っていますか?

それでは、どうぞ、この先へお進みください。


少彦名神社の歴史と神様

神農祭が行われる少彦名神社のある道修町(大阪市)は、「くすりの町」と、呼ばれています。薬

なぜだか解りますか?

何も、難しいことはありません。
道修町は、薬屋さんが軒を多く連ねる町だったのです。


遡ること、安土桃山時代・・・

時の将軍、豊臣秀吉の商業政策により、道修町に、108軒の薬種商が集められます。

これによって、道修町は、薬問屋の町として形成されました。

江戸時代(徳川吉宗のころ)になると、道修町の薬種商124軒を株仲間とし、ある特権を与えます。

それは、唐薬種や和薬種の適性検査をし、全国へ売りさばくというもので、現在の卸売りにあたります。


この頃の薬は、長崎から輸入される唐薬種が主流で、品質などを見極める事は、とても難しいものでした。

そこで、中国医薬の祖神とされる神農炎帝を、仲間会所に祀っていました。
※仲間会所は、株仲間の事務所もしくは集会所のことをいい、道修町では、現在の少彦名神社の場所にありました。

その後、和薬種の取扱が増えると、日本の薬の神様である少彦名命を、一緒に祀りました。

京都の五条天神から、少彦名命の分霊を迎えたのは、1780(安永9)年のことです。

これが、少彦名神社の祭祀の始まりとなります。


やがて、1906(明治39)年になると、
勅命により、神社の統廃合政策が進められます。

俗にいう、神社合祀(じんじゃごうし)政策です。
※神社合祀政策:1町村1社を目指して行われた神社統廃合政策(神社整理)により、各地で起こったさまざまな動きを総称する用語のこと。

当然、少彦名神社もその対象となり、近隣神社と合併するか、独立するかの決断を迫られます。

氏子の方々が出した結論は、合併ではなく、独立した神社として、祭祀を続けるというものでした。

社殿と社務所が新築され、1910(明治43)年には、無事に、正遷宮(しょうせんぐう)を執り行いました。
※正遷宮=神社本殿の修繕や改築が完了し、神体を仮殿から本殿へ遷す神事

1980(昭和50)年には、「少彦名神社 鎮座200年」を記念して、拝殿・本殿を修復、社務所を新築し、現在に至っています。




さて、もうお解りですね?!

神農祭の「神農」は、農業の神様ではなく、中国の薬種神である「神農炎帝」に由来するものです。

なので、神農祭は「神農さん」と呼び親しまれているわけです。

最後に、今年(2017年)の、お祭り情報をまとめておきますね♪


神農祭!2017年の日程

神農祭は、大阪の一年を締めくくる祭りであることから、祭
「とめの祭り」とも、呼ばれています。


◎開催日:11月22日(水)、23日(木・祝)

◎開催時間:10:00 ~ 20:00
 ※10時から祭典行われ、終了後にお神楽の奉納があります。
  18時から終い祭典が行われます。

◎イベント等:特にありませんが、神農祭の2日間は、道修町一帯に露天が立ち並びます。

◎場所:少彦名神社
  大阪市中央区道修町2丁目1番8号

◎アクセス:大阪市営地下鉄堺筋線「北浜駅」6番出口より徒歩3分
  大阪市営地下鉄御堂筋線「淀屋橋駅」11番出口より徒歩8分

 

※注意!!
  淀屋橋駅11番出口は、現在改修工事のため閉鎖中です。
  (平成30年2月迄を予定)
  閉鎖中は、12番もしくは、13番出口をご利用ください。
  ご参考までに駅の構内図はこちらです。 ⇒ 「淀屋橋駅」


神虎の御守について

神虎の御守は、お祭り開催日の9:00~19:00に、授与所にて授かる事ができます。
神虎
とはいえ、慌てなくとも大丈夫!

お祭りが終わっても、翌年の1月末頃までは、求める事ができます。

つまり・・・

  • お祭りには、都合が合わなくて行く事ができない とか
  • 御守は欲しいけど、人ごみが苦手だからお祭りはちょっと・・・

という場合は、お祭が終わった後に、あなたの都合に合わせて、少彦名神社へ出向いて行けば大丈夫!ということです。




くすりの町に根付いている「神農祭」は、毎年、家族の無病息災を願い、神虎の御守を求める人で、賑わいます。

医薬品関係者にとっても、重要なお祭りとなっています。

そして、少彦名神社は、薬の神様を祀っていることから、医師や薬剤師など、その道を目指す多くの人が、合格祈願に訪れています。



≪参考≫
 無病息災を願う「神農祭」少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)/ 4travel.jp 
 ご祭神・よくある質問 / 少彦名神社(神農さん)



Sponsoerd link

あわせて読みたい関連記事

    Sponsoerd link