「お月様にはうさぎさんが住んでいて、十五夜になると餅つきをするんだよ。」
「あそこが耳で、臼があって・・・」
と、言われるままにお月様を眺めていると、不思議と杵を持ったうさぎさんが目に映った子供の頃。
日本に古くから伝わる「月うさぎ伝説」には、どんな由来があるのでしょう?
月うさぎ伝説 もともとはインドの神話だった!?
月うさぎ伝説の由来には、いくつかの説がありますが、インドのジャータカ神話によるものがよく知られています。
さすがに全文とはいきませんので、要約して掲載いたします。
昔むかしのインドの話・・・(ジャータカ神話要約版)
仲良く暮らす、うさぎときつねとさるが居ました。
3匹は、いつも
「自分達が獣の姿なのはなぜだろう?」
「前世で何か悪いことをしたからではないだろうか?」
「それならば、せめて今から人の役に立つことをしよう!」
ということを話し合っていました。
この話を聞いていた帝釈天は、何かいいことをさせてあげようと思い、老人に姿を変えて3匹の前に現れます。
※帝釈天=古代インド神話においては、最強神とされている神です。
何も知らない3匹は、目の前の疲れ果てた老人が「おなかがすいて動けない。何か食べ物を恵んでほしい。」と話すと、やっと人の役に立つことができる!と喜んで、老人のために食べ物を集めに行きました。
さるは木に登って木の実や果物を、きつねは魚を採ってきました。
ところが、うさぎだけは一生懸命頑張ったのに、何も持ってくることができなかったのです。
うさぎは「もう一度探しに行ってくるから火を焚いて待っていて欲しい」、そうきつねとさるに話すと、再び出かけていきました。
暫くすると、うさぎはまた手ぶらで戻ってきました。
そんなうさぎを、きつねとさるは嘘つきだ!と攻め立てます。
するとうさぎは、「私には、食べ物を採る力がありません。どうぞ私を食べてください。」と言って火の中に飛び込み、自分の身を老人に捧げました。
これを見た老人は、すぐに帝釈天の姿に戻ると、
「お前達の優しい気持ちは、良く解った。今度生まれ変わる時には、きっと人間にしよう。それにしても、うさぎには可愛そうなことをした。月の中に、うさぎの姿を永遠に残してやろう。」とおっしゃいました。
こうして、月にはうさぎの姿が残ることになりました。
この神話・・・読むたびごとに、むなしい気持ちになります。
うさぎは生き返ったという説も!
先の話の最後の部分が違っている説もありますので、ご紹介いたします。
うさぎが火の中に自分の身を投じ、黒焦げになった後のこと・・・
うさぎを哀れんだ老人が、うさぎの焼けた皮を剥いで月に映すと、皮を剥がれたうさぎは生き返りました。
というものです。
めでたしめでたし・・・といった結びではありますが、これだと月に映っているのはうさぎの皮ということになり、どことなくモヤッとした気持ちになります。
※あくまで、個人の感想です。
月うさぎ伝説 なぜ?うさぎは餅をつくの?!
うさぎの餅つきは、中国の神話に由来しています。
このお話は、とてもたくさんの説があるので、ここでの紹介は割愛させていただきます。
申し訳ございませんが、興味のある方は「Yahoo!知恵袋」に詳しい解説がありますので、こちらへどうぞ。
⇒ 「中国の月のうさぎは、なぜ?不老不死の薬をついているのか?」
話を戻します。
古代中国において、月のうさぎは、杵を持って不老不死の薬をついていると考えられていました。
これが、日本に伝わってから餅をつくに変化したと言われています。
その理由を調べてみると、日本で満月を表す言葉の「望月」が転じて「餅つき」になったということです。
また「老人のために餅つきをしている」とか「うさぎが食べ物に困らないように」という説もあります。
ただ、お月見の行事が収穫祭であったことを考えると、たくさんのお米が採れたことに感謝するという意味も込められているのかもしれないなぁ~と感じたりもしています。
≪参考≫
月兎 / 星の神殿
月うさぎの話 / 日々是活き生き-暮らし歳時記
帝釈天とは / 高野山霊宝館
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